2006年02月21日

水車のじいちゃん、逝く。

まだ多少アルコールが残ってます、スミマセン(違)

−・−・−・−・−

集落の長老的存在のお一人だった「水車のじいちゃん」の葬儀でした。

僕の住む山里では、各戸の家屋・家族をその姓名で呼ぶ他に
【門名(かどな)】で呼ぶ風習が残っています。
上に書いた「水車」というのも
昔そこの家の側に水車小屋が在ったことに由来します。

また、田舎町の慣習?として
葬儀自体を(会館などではなく)自宅で行うことが多いです。

今回僕は弔問客の香典を預かる受付係の一人として参加しました。

−・−・−・−・−

朝9:30。深い霧のかかる中を小走りで「水車」へ。

程なくして地元郵便局のWさんが弔電・レタックスを届けに来ました。
Wさん:おぉ、しう君?
しう:ども、久しぶりです。(髪の毛)真っ白になりましたね?
Wさん:そうなんよ、真っ白(笑)
僕もこの里に越して来て20年以上過ぎたので、会話もこんなノリです。

丁度「水車」のご夫婦とお婆ちゃんの姿が見えたのでご挨拶に。
おじさんは白髪の坊主頭。おばちゃんとお婆ちゃんはお変わりなくお元気そう。

集落の男衆が集まってくる。僕と同じく受付要員。
ただ異なるのは、僕を除いて皆さん50代〜70代。
一方女性陣は、歩いて数分の公会堂でお斎(おとき)の調理中。

葬儀スタッフ陣が到着。
その中のとある女性スタッフから声を掛けられる。
スタッフ:あれ、しう君?
しう:は、はい。...あぁ、お久しぶりです!
胸のネームプレートと顔をよく見ると、妹と同級の子のお母さんでした。
こんなところで活躍されていたとは。
スタッフ:今日はよろしくね
しう:こちらこそ。こういう場面に顔を出す歳になりました(笑)

葬儀開始の時間が近づくにつれて弔問客がどんどん押し寄せる。
もちろん地元の人も沢山いらっしゃるのですが
そのほとんどが十数年ぶりに拝見する顔ぶれなので
「あぁ、あのおばちゃん全然変わってないなぁ」とか
「そういえばあの家族って「水車」と親戚だっけ」など
永い時を越えて戻って来る記憶とその懐かしさを、受付席で覚えるのでした。

−・−・−・−・−

お昼から始まった葬儀は13時過ぎに終わり、出棺。
焼香には参加出来たものの
受付でバタバタしてる間にじいちゃんの顔を直接見れなかったのが残念です。
朝の空いてるときに拝ませてもらえればよかった。

葬儀も終わって集落の男性陣は公会堂へ。
朝早くから女性陣が用意してくれたお斎を頂く。
ビールを矢継ぎ早に注ぐのが巧いFさん(昨年古稀)に
案の定たらふく呑まされるハメに(笑)

−・−・−・−・−

「○○のおじさん(←僕の父)ほど、ようやってくれる男はおらんでよ!」
(訳:○○さんほど、気を利かせてよくやってくれる男はいない!)

というのが口癖の一つだった「水車」のじいちゃん。
うちの家族がココに越して来てすぐの頃だったか、そういえば
父が「水車」へ赴いて家屋の修繕か何かをした記憶がある。
じいちゃんはいつまでもそれを憶えていた。

今日明日あたり、水車のじいちゃんとうちの父が数年ぶりに再会して
絶対大声で笑いながら呑むやろうなぁ、と
ついつい含み笑いで思い描けるほどに
雲一つ無い、最高の青空でした。

posted by しう at 22:13 | 山口 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日常
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